アーケードゲームのシューティングでメジャーだった東亜プランで珍しい横スクロールアアクションゲームの『ゲットスター』はなぜファミコンに移植できなかったのですか?
その当時はジャンルは違いますが『タイガーヘリ』がポニーキャニオンからファミコンで移植されてました。
前者は移植しようと思えばできたのではないでしょうか?
そんな事をいうとナムコの『バラデューク』も移植可能だったと思いますが、詳しい方回答よろしくお願いします。
詳しいわけではありませんが…。
当時の東亜プランはタイトーの下請けとしての立場でしかなかったため、
ファミコンで出すかどうかの判断はタイトー側にあったのだと思われます。
売れる(採算が合う)と思われなければGOサインが出ないわけですから、
その段階で選定されなかったのではないでしょうか?
http://www.gmoa.com/vgme/vgme/html/psg10.html
「究極タイガー(1987)」のヒット、その後の準備段階を経ないと
東亜プランは独自でやっていくだけの力はなかったようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E3%83%97%E3%83%A9%E...
「バラデューク」は自分も大好きです。が、ハマったのは稼働当初ではなく、
何年も経って50円で遊べるようになってから、また「ナムコミュージアム」で出てからでした。
面白さに気づけるまでに時間がかかったのです。
当時のナムコは黄金期。他社の追随を許さないほどに斬新で練られていて
面白いゲームが目白押しでしたが、「メトロクロス」「バラデューク」「モトス」あたりは
パッと見た目、「ナムコらしくない普通のゲーム」に見えた感じがありました。
実際遊んでみるといずれも奥が深く、遊び応えがあるのですが、
ヒットと呼べるまでの作品ではなかったような気がします。
自分自身、「オールアバウトナムコII」で予習・復習しながらバラデュークを
クリアできるまでになりましたが、敵キャラの特性を知り尽くして
常に最悪の状況を想定しながら進むという緊張感を楽しめるまでにならないと
このゲームを面白いとまで感じられないのではないでしょうか。
もう1つ言うと、ファミコンでは画面に一度に表示できるキャラに制限があります。
横一列に5体くらいのキャラクターが並ぶだけでちらついてしまいます。
オクティからザコが湧いてくるだけでそうなってしまうのでは
ゲームにならなかったのではないかとも思います。
個人的に面白いと思えるゲームはたくさんあります。
しかし、それらが全部ヒットしたかと言われればそうではありません。
利益を追求する企業であればそれなりの取捨選択がありますので
仕方のないことだったのではないでしょうか。
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